園長日記

2010 年 7 月 19 日 月曜日

 

大阪の辻井こども総研のご協力を得て、保育園にておもちゃコーディネーター養成講座を開催いたしました。

園から数人大阪や東京に研修に行ってもらっても、周知が上手く行かないことがありますので、思い切って自園で開催しました。

遠くは熊本市内や鹿児島から近隣園を含め40名近くの方にご参加をいただきました。
おかげさまで盛況のうちに開催できました。有り難うございました。

今回の講座は、決しておもちゃのだけのことでなく、保育全般に繋がる示唆や、子どもたちの意欲を引き出す様々なヒントを私たちに与えてくれたように思います。

おもコー2

たくさんのグループワークを交えた講義で、参加された皆さんも、童心に返って熱く遊び込んでいました。
その中で、他の人がいるからこそ楽しめる「つながる」うれしさをあらためて確認できました。

単におもちゃで遊ばせるだけでなく、そのモノによってどのような学びや発達が期待できるのか、環境デザイナーとしての保育士の役割が大切です。

こうした目線は、野外活動の場面でも生かされると思います。

自ら創り出す遊びへ発展させ、他の子ども同士のコミュニケ-ションを促進させることができるのか。
保育士は、まさに、コーディネーターとして子どもたち同士の心を繋ぎ、その場をセッティングするセンスを磨く必要があるのです。

 

2010 年 7 月 4 日 日曜日

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6月28日10時46分に四人目の我が子が誕生しました。
男の子でした。

ということで今、福井県に来ています。

前日の夜10時に産気づいたと連絡がありましたが、すでに上り列車は最終の熊本駅止まりしか有りません。しかし、水俣からの始発では福井に着くのは午後2時を過ぎてしまいますので、とにかく、その22時28分発の列車に着の身着のままで飛び乗り、熊本駅で始発を待つことにし、新幹線を乗り継いで、10時56分に到着しましたが、妻がいる助産所に着いた時には、長男が「生まれたよ!男の子」と玄関で待ちかまえていました。

これまでの3人の子たちは皆出産の瞬間に立ち会うことができていたので少し残念でしたが、へその緒は長男といっしょに切ることができました。

4歳と2歳の娘も一緒に産湯で赤ちゃんの体をきれいにしました。

家族で迎えるお産は言葉は無くても命というものを伝えてくれるようです。

2010 年 6 月 9 日 水曜日

今日、保育園に左官業をされているMさんがいらっしゃいました。

エコハウス1

エコハウス2

エコハウス3


月浦でエコハウスが公開されていますが、その建物の昔ながらの土壁や土間のたたき等を担当された方です。
その技を利用して光る泥団子のワークショップを子どもたちと行ったりされています。

保育園の子どもたちと一緒に何か面白いことが出来ないかとお話させていただきました。

光る泥団子

これまでつくられた物を見せていただきましたが、まるでイタリアの大理石のようです。とても泥団子と思えません。

10年ぐらい前、京都の加用文男先生の講演に参加して、そのとき初めて光る泥団子を見て感激しましたがそれ以来です。

そのときのお話でもありましたが、自分で手をかけて作り上げた物だからこそ特別な愛着が生まれると。

作り上げる楽しみ、達成感、どうだスゲ−だろっ!という満足を味わってほしいと思います。

Mさんとお話するうちに、いろいろな欲が出てきました。

子どもたちが作っている味噌や梅干し、漬け物を保存する土蔵を造ろうとか、隠れ家とか、アトリエを作ろうとか。。。

いろいろな才能を持つ人々とコラボすると未知の世界が広がる楽しさがあります。

いいよね。いくつになっても遊び心忘れたくありません。

特にお父さん!一緒に楽しんで子どもたちに見せてやりましょう!

2010 年 6 月 8 日 火曜日

NHKの朝のニュースで「人の役に立ちたい若者たち」という特集をやっていました。

その中に登場したお一人の女性は、登録制の病児保育のNPO法人を立ち上げた高 亜希さん。

「大阪の病児保育・病後児保育のノーベル」 http://nponobel.jp/

大阪で派遣型の病児・病後児保育サービスを行っているが、まだまだ採算は取れていないという。
しかし、利用者に喜ばれ、社会の役に立っているという実感は何事にも代え難い。社会問題を解決しながらこれからのビジネスモデルになれればというような内容でした。

誰しも、こうした社会の役に立ちたいという気持ちは善のエネルギーとしてあるのではないでしょうか。

自分自身も保育園の仕事が世の中を良くする素晴らしい仕事であると心から悟ったときに感謝で涙があふれた想いを思い出しました。

よく、この日記でも、宮澤賢治の「雨ニモ負ケズ」を引用していますが、自分なりの解釈で、この詩に思い入れがあるからです。

思春期の頃、自己肯定出来ずに、自分は何のために生きているのだろうと思い悩む事がありました。

そんなときに、雨ニモ負ケズの詩の賢治の心情を感じて、とても励まされた憶えがあります。
世の中のために役に立ちたいと願っていた賢治は、その当時、認められることなく若くして亡くなりましたが、
その作品は、今も輝いています。

>自分を勘定に入れずに よく見聞きし 分かり そして忘れず

自分を「勘定」に入れない。なかなかできない事です。利他の心。

>野原の松の林の陰の小さな茅葺き小屋にいて

禅では、道を求める者は捨ての一手といっています。(賢治は禅宗ではありませんが)

>東に病気の子どもあれば 行って 看病してやり
西に疲れた母あれば 行って その稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 行って 怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や 訴訟があれば つまらないからやめろと言い

役に立ちたいと心から願っていたのでしょう。

>みんなにデクノボーと呼ばれ
ほめられもせず 苦にもされず
そういうものに わたしはなりたい

見せかけでなく、こうありたいものです。

本物の持つ力を感じて欲しくて、園内には大きなパネルにその詩を書いていただき 飾っています。

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この詩が、子どもたちの心に残り、もしも人生で悩み苦しむ時には助けになって欲しいと思っています。

 

2010 年 6 月 7 日 月曜日

久々にロードに乗りました。

このところ練習していないので、全然回せません。(泣)

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昨年からフロントをコンパクトに変更して、リヤもファイナルを27にしていますが全然ダメです。

坂ではMTB並のギア比が欲しいぐらい・・・

晴れている時は必ず乗るというぐらい、ハマらんとダメかも。